貧乏暇なしB型ブログ

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男女の差と私達にできること

 最近、東京医科大学の男女差別入試問題がよく取り上げられています。もうすぐ1歳の子供が川崎病で約1週間入院したのを機会に、医療機関や私達の取り巻く労働環境とこれからすべきことを思案してみました。

 男女差別入試の是非について議論する事に意味はありませんので、男性をより多く入学させる男女差別入試が必要とされた原因を社会と家庭の労働力の面から考えてみます。

 

1.社会と家庭の労働力

 日本社会では高齢化社会を迎えるに当たって、労働力の減少を女性・高齢者の活用で補ってきました。ただし、女性はその特性から出産等の期間は勤務を続ける事が難しくなるため、一時的に組織の労働力が減少します。すぐに派遣会社から代替職員を用意する事もできますが、人件費等の都合で管理職はあまり積極的には動きません。また、単純に男性のみを採用すれば良いのですが、男女雇用機会均等法のため、ある程度の規模の組織では男性のみを採用することはできません。

 

 反対に女性の社会進出による影響のため、家庭内における労働力の減少は著しく、時短家電、保育の委託などでなんとか対応している現状です。誰かが病気になった時に夫婦だけならまだしも、乳幼児のいる家庭では詰みます。夫婦のどちらか、ほとんどの場合女性に過大な負担が掛かる事になります。

 

2.労働力不足の解消

 今回、男女差別入試を行ってきた医療業界で意思決定権を持つ幹部(管理職)の立場にある人は、上記の家庭内の事情に疎い世代の場合がほとんどです。女性が一時的に労働力を提供できなくなる点のみを問題とした管理職の皆様は慢性的な労働力不足を解消する為に、雇用形態の再構築なんて面倒な方法を選択せずに、医学部入試全体として男女差別入試をすれば、医学部への入学≒医療機関で働く事になるので、問題解決!と偶然にも同じことを思いついたようです。

 

 もちろん、高齢化社会による慢性的な労働力不足については医療業界だけでなく、日本社会全体のシステム障害ですね。マタハラ、性差別はどの業界でも起こっている現象です。男性は優秀(給与に見合った労働力を提供できる)で女性は劣等(給与に見合った労働力を提供できない)であるという固定観念を基にして、性差別は行われている様に思われます。

 同性へのイジメについても同様です。つまり、性別を問わず給与に見合った労働力を提供できないと思われる(思い込みを含む)職員は組織から排除したいと管理職を含む全従業員は考えているわけですね。

 

 もう拘束時間、勤務年数に応じて給与が決定する年功序列制度は辞めて、業務内容・量に応じて給与が決定するようにしてみてはいかがでしょうか。最近流行りのフリーランスと同じように、組織内の全ての業務(タスク)に値札を貼って、タスク報酬を給与として支払う事なんですが、まあ独り言です。

 

 日本の労働環境は大きな技術革新が起こるか、育児を経験した世代が組織の幹部となるまで変わらないでしょう。ましてや世襲制の議員には労働基準法の改正(解雇規制の緩和)なんて夢のまた夢ですね。

 

3.これからすべきこと

 結論としては、フリーランスとして生計を立てる実力があれば問題ないでしょうが、そうで無い私を含めた大多数の労働者は積立で普通の投資をしましょうねという話です。投資には男女・年齢の差は関係ありませんからね。

 

 最後に子供の病気を診て頂いた医師の先生、看護師さんありがとうございました。医療業界、社会全体の労働環境が良くなることを切に願っております。